学生時代わずか1ヶ月でしたが、スイス、ルガーノ湖の北のVico Morcoteという場所で、アメリカの建築大学との交換授業に参加しました。夕方からは中庭で料理をつくり、色々な国籍の仲間と食事を取ることもしばしばで、庭に生えたローズマリー使った料理やトマトベースの煮込みが定番でした。ある日のこと、大半の日本の学生が「課題を進めるので」という理由で食後の飲み会を早めに切り上げました。するとアメリカ人の女学生がその行動に対し「Party Pooper」といったのです。「場をしらけさせる日本人たちね」と。アラブ人やギリシア人といった他の国の人も同感といった様子だったのです。 あまりに悔しくて私ともう一人だけ、その集まりに参加し続けました。

当時泊まっていた部屋からの眺め/この建物は「i2a rooms」という宿泊施設として使われています。http://www.booking.com/hotel/ch/i2a-rooms.ja.html?

ジュネーブのユースで買ったVictorinox。白色のこのタイプはあまり見かけません。コミュニケーションツールとしても万能でした。

そんな日が続くと、彼ら外国人は国籍ではなく、一個人として認めてくれる様になったのか、どこへ出かけるのにも誘ってくれるようになりました。夜中、湖に泳ぎにいってエアーガンで狙われたり(恐)と日本では体験できない思い出がたくさんあります。 また、私がワイン栓抜き付き万能ナイフ(笑)を持っているのを知り、わざわざ私を呼び出してワインを開けさせ、一緒に飲もうといってくれるのです。そこには別のワインオープナーが転がっていたのですけどね。そんな彼らが凄いのは、遊び以上に課題への取り組みも一生懸命だったこと。この交換授業、建築よりも異文化コミュニケーションの勉強になったような気がします。

「モルコーテ村」での経験